2014年3月3日月曜日

更新が滞っていた(3/1の内容)

思い返しをしていないわけではない。
いや、していないか…
コミュニケーションやマネジメントの練習を兼ねたネットゲームでのチーム運営に注力しているうちに日が経ってしまった。

得るものは色々あれど
記載が出来ていないことは反省すべきこと。
投稿日は3月3日だが、3月1日として記載する。

3月1日で本ブログを再開して
4ヶ月が経過した。
最近は少々滞り気味になっている。
恥ずべきことだ。
そして、同様に覚書や反省を書いている手帳。
これも記載を始めて3ヶ月になった。

最近、どちらも滞り、後から思い返しての記載が多くなり気付いたことだが、一日というものは記載しなければ忘れてしまうということに気づく。

何を今更そんなことをと思われるだろうがそんなことも意識できていないのが小生である。

自身の手帳の最初に記載した言葉に以下の言葉がある。

一日を顧みて、どこか面白かった、楽しかった、本当に満足だったという所がなければ、その一日は無駄に過ごしたことになる。
私にとって、それは神に背くことであり、邪な事なのだ。
ドワイト・アイゼンハウアー

この格言は私からしてみれば、何も記録しなかった日と思えてならない。
3,4ヶ月の間に漫然と過ごした日もある。ゲームしかしなかった、ずっと寝ていたという日もある。
だが、そんな日でも頭は自由である。
全く頭が動かなかった日などなかろう。例え外界から刺激を受けなくてもそんな自分を顧みれば、それは無駄な日ではないのかもしれない。
しかし、考えたこと、起こったことを書かなかった日は数日後にはその内容を忘れてしまう。紙面の上では何もなかった日となってしまう。

それはまさに神に背くことなのだと思う。
私は無宗教とはいえ、それは自身のためにもならぬし時間の浪費であるから絶対に行ってはならぬことなのだと感じだと。

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