2014年2月5日水曜日

人はそれぞれ

自分は、自分だけは、自分たちは
周りと異なると思うからこそ
誤解、軋轢、悲劇を生むのではないか。

もちろん細かな差はある。
だが、共通の部分はないか?
ベン図の共通部分はあるはずだ。

彼に起こることは
私にも起こる。
それは時代を超えてそうなる。
だからこそ学ぶべきだ。
彼に起こったことを
私がうまくやるために。
私に起こったことを
彼がうまくやるために。
そして、何より思いやりを、
共感をもって人と共にあるために。

自身が死を迎える日を考えよ。
その日は急にくるかもしれない。
事前に死期を悟るかもしれない。
だが、いつくるかわからないものを待つ必要はない。
こちらから死へ向かうつもりは毛頭ないが
自分がこの日に死ぬと設定して
そこに向かうことはできる。
その日から逆算して、あと何日生きるか。
そう考えれば一日も無駄にはできないだろう。

何も起こさなかった日、
何も感じなかった日、
何も学ばなかった日こそ
その日一日死んでいた日であると思うから。



2014年2月3日月曜日

眠れぬ夜は誰のせい

布団の中で行ったゲームか?
暗闇で読んだiPadでの漫画か?
iPhoneでSNSか?
それらもあるだろう。
しかし、それらを遠ざけられぬ君だ。
朝の気だるさの原因は全て君にある。

明日には目覚ましが届くだろう。
君はiPhoneやゲームを傍らから離すのだ。
電源を切ってやれ。
そんなものを見るなら書を読むといい。
君には読書は許されているのだから。

2014年2月2日日曜日

皆一様に

私の周りは私に教えてくれる
教師ばかりである。

全ての人から学べるし
全ての人を取り込むことができる。
生き方は行動に現れる。
私もそうだ。
よって、私は言動には細心の注意を
払わねばならない。

圧倒的に

知性が足りない。
大学にいかなかったからか?
そうではないだろう。
無駄に過ごしてきたからだ。
取り戻すのではない
当時では得られなかったことを得るのだ。

自省録を読んで思うこと

その一文一文で頭に血が巡ることを感じ、
心と頭が洗われていくような感覚になる。

諸君、美しい言葉を味わいたまえ。
この美しい思想を30歳になるまで知らなかったという
その一念において私は不幸だったと思う。

2014年2月1日土曜日

東京行きを

断った。
二つ話をいただいて、どちらもとても良い話だった。
東京には行きたい。
3度目の挑戦として。

だが、今の自分がそれに足るか。
行ってどうするのか。
それを考えた時、答えが出なかった。
人生を変えるには、場所を移る、付き合う人を変える、と色々あるだろう。
だが、たとえそれを行ったとして
それを受ける私自身が変わっていなければ同じではないか。

私は退路を断った。
前へ進むこと。
先に東京があり、その先に世界がある。
東京は通過点に過ぎない。

話をくれたお二方。
紹介してくれた友人には申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
しかし気落ちはしていない。
私は近いうちに東京へ戻ることになる。望まれて。
そういう予感がするから。

弁論大会壮行会

多々ますます弁ず。
人前で喋る時、聴衆は多ければ多い程よい。
この高揚感は楽しさである。

と、楽しさを述べてはみたが
私の弁論の内容は暗い。
よって、笑顔を入れよう。
にっこりと笑うこと。