2014年1月8日水曜日

仕事が出来ない同僚

仕事が出来ない同僚に対して
仕事を任せないようにする案が
出ている。

仕事の出来る出来ないは
意識の違いだと思っている。
そして、周りの環境、経験の違い。
経験とは仕事経験ではない。
意識を変える経験をしたかどうかという事。

まず、彼が何を目指しているのかを確認するべきである。
特にないのであれば何のためにここにいるのかを聞かねばならない。
そのために何をすべきかも。

続いて彼に自信を持たせなければならない。
けなしてばかりでは自信を失う。
自身も経験があるが、自身のない時は何をしても負のスパイラルに陥っていく。
正の連鎖へもっていかねばならない。

まずは褒めること。
そして、どうすればもっとよくなるのか、何がダメだったのかを根気よく伝えること。
彼の気持ちに寄り添うこと。

仕事を任せないというのは愚の骨頂であると思っている。
誰も得せず抜本的な解決にもなっていない。
任せて成功体験を積ませること。
そのためにアドバイスすること。

それを私は提唱したい。
そして同時に思うこと。
では、私は出来ているか?
評価はしてもらっている。
ただ、それがなんだというのだ。
それが私のベストか?否。
もっとやれる、まだまだやれる。
それをやっていないのなら
君もまた彼と同じなのだ。

使えない君はもっとやりなさい。



2014年1月7日火曜日

NHKで

NPOの人たちにハーバード大の教授が、リーダーについて教えていた。

私は、歴史から、カルタゴの名将ハンニバルからこう学んだ。
優れた人間関係とは相互依存であるということ。

私に必要なこと

果敢であること。
果敢とは、思い切って物事を行うさま。決断力の強いさま。

2014年1月5日日曜日

未完成

「最後には勝つ」というキャッチフレーズをたまに見かける。
最後とはいつだろう。
誰に勝つのだろう。
歴史を学んで考えさせられるのは
物事に終わりはないということ。
時間は現代まで脈々とつながっている。
一見無関係に見える現代であっても着実にその土台となっている。

書こうと思っていた内容について自身で矛盾を発見した。
飛躍しているが、徳川家康は最後には勝ったのか?ということ。

勝ちとは何か
負けとは何か。

考えがまとまらない。
今日はここでやめておく。






2014年1月4日土曜日

E+R=O

間違いなく言えることだが、
君の持つものの中で間違いなく君のものであると言えるものは
君自身にしかない。

君の感情
君の行動
君の言葉

これらは間違いなく君のものだ。
君が律することのできるもの、選び取ることのできるものだ。
周囲や世界がどうなろうが、間違いなく君だけのものであることを認識せよ。

君は外界から得たことに対して
感情、行動、言葉を選ぶことができる。
それが反応というものだ。
何がおこった、何をされた、何を言われた、
数多の刺激に対して君はその反応を選択することができることができる。
人にどう思われたいかを考えた上で、だ。

忘れてはならない。
君が彼らを否定しなければ、他者は何者であっても君を否定することはできないと。
君という人格を、存在を否定している訳ではないと。
そして君は物事に対する反応を静かに、精緻に、選ぶことができる。

選ぶことができるのだ。
君の望む自身を相手に見せるための方法を。



2014年1月3日金曜日

どう思われるか

周囲よりどう思われるか
後世よりどう思われるか
歴史は常に必然であるわけではない。
後世が必然である理由を見つけようとするのみ。
その都度その都度の判断の理由があるが
自明の判断であるなら迷う訳も、反対意見も出るはずもない。
迷った末に選んだ方に対して、また迷った末に進む。
そこから得た結論に対して後世は
必然であった、愚かであったと評価するのみ。

君はどう思われたいか。
同時代、周囲よりも後世から。
思われる立場に立たねば思われぬ。

2014年1月1日水曜日

新しい年の始まり

新しい年が始まった。
が、なぜだろう。
笑えない。

イライラしているわけではない。
ただ、自制が効かなくなっている?
何より暗くなっている。

何だろう。
これまでと何が違うのだろうか。

新しい年だから、などと考えるのではなく
昨日からの今日であると考えよう。

正月は新しい年の始まりとのことだが
正直あまり好きではない。
本日の自分もそうだが、どうにもだらけてしまう。
そしてそれを許してしまう、肯定してしまう自分がいる。

正月だから、などと思ってしまう。
正月だろうが何だろうが同じ時間の流れである。
ただのきっかけにすぎない。
それに流されてしまう自分、情けない。